「社員から傷病手当金の申請書を渡されたが、会社の負担が増えるのだろうか」「申請が増えると保険料が上がるのでは」
結論から言えば、会社が手当を負担する場面はありません。傷病手当金を支払うのは健康保険であり、会社の口座を経由する仕組みでもないためです。
保険料率が上がる心配も要りません。労災保険には事業場ごとの労災発生状況で保険料率が最大40%増減するメリット制がありますが、健康保険に同じ仕組みはないのです。
会社に生じるのは、休職中も続く社会保険料の会社負担分と、申請書1枚への記入だけです。むしろ協力を渋るほうが、法令上の問題や離職という形で高くつきます。
本記事では、会社にとってのデメリットを費用・事務・法的リスクの3つの角度から検証します。さらに事業主記入欄の書き方と、休職から復職までの実務までを紹介します。
読み終えるころには、申請書を前にした迷いが消えているでしょう。
傷病手当金で会社が負担する費用はない
傷病手当金は健康保険から支給される給付で、会社が支給額を立て替える場面はありません。個社の申請実績で会社の保険料率が上がる仕組みも健康保険にはなく、費用面での持ち出しはほぼ生じません。費用の流れを3つの論点で整理します。
支給元は健康保険であり会社ではない
傷病手当金を支給するのは健康保険の保険者であり、会社ではありません。中小企業の多くが加入する全国健康保険協会(協会けんぽ)や、企業単位で設立される健康保険組合が、休業した本人へ直接振り込みます。会社の口座を経由する仕組みではありません。
支給額は、支給開始日以前12か月間の標準報酬月額の平均を30で割り、その3分の2を掛けた日額です。標準報酬月額の平均が30万円なら、日額は6,667円になります。支給期間は支給開始日から通算1年6か月で、いずれも会社が用意するお金ではありません。
出典:全国健康保険協会「傷病手当金」
会社の保険料率は個社の支給実績で上がらない
健康保険には、1社の傷病手当金の実績で保険料率が上がる仕組みはありません。似た制度があるのは労災保険です。労災保険には、事業場ごとの労働災害の発生状況に応じて保険料率を最大で40%増減させるメリット制があります。
健康保険に同じ制度はありません。協会けんぽの料率は都道府県単位で決まり、その都道府県の加入者1人あたりの医療費をもとに算定されます。
健康保険組合は、加入者数や医療費、年齢構成をふまえて組合ごとに料率を定めます。判断の単位は組合全体であり、1事業所の申請件数ではありません。
出典:厚生労働省「労災保険のメリット制について」/全国健康保険協会「費用の負担」
「会社が払う」という誤解が生まれる理由
誤解が生まれる背景には、給付が給与の代わりに支払われる点があります。休んだ期間の収入を埋めるお金のため、会社が支払う休業補償と同じように受け止められがちです。金額が給与に近い水準になる点も影響します。
もう一つは、申請手続きに会社が関わる点です。支給申請書の3ページ目は事業主記入用で、会社が出勤状況や給与の支払い実績を証明します。
さらに私傷病による休職は社会保険料の免除対象に含まれず、会社負担分の保険料は休職中も発生します。負担と給付が重なって整理され、費用感が実際より大きく見えがちです。
出典:日本年金機構「保険料の免除等(産休・育休関係)」
会社に実際に生じる負担
傷病手当金は健康保険から支給されるため、手当そのものを会社が支払う場面はありません。ただし従業員が休職する以上、保険料と事務の負担は残ります。会社に実際に生じる3つの負担を、事実の範囲で整理します。
社会保険料の会社負担は休職中も続く
休職中も健康保険料と厚生年金保険料は発生し、会社負担分の支払いが続きます。従業員が休職しても、会社が新たに支払う金銭は社会保険料の会社負担分だけです。保険料は標準報酬月額(給与を等級化した額)で決まるため、給与がゼロでも金額は変わりません。
厚生年金保険料率18.3%は労使折半で、会社負担は9.15%です。従業員負担分は給与から控除できないので、本人に毎月振り込んでもらう運用が広く使われています。保険料免除は産前産後休業と育児休業等に限られ、私傷病の休職は対象外です。
出典:日本年金機構「厚生年金保険料等の免除(産前産後休業・育児休業等期間)」/日本年金機構「保険料額表」
事業主証明の記入という事務作業
傷病手当金の申請には、給与の支払い有無について事業主の証明が必要です。会社が対応するのは支給申請書3ページ目「事業主記入用」への記入で、A4用紙1枚に収まります。
記入内容は、申請期間のうち出勤した日を○で囲む作業と、出勤していない日に報酬を支払った場合の支給日と金額の記載です。
病状や治療内容を書く欄は主治医が担当するため、会社が医学的な判断を求められる場面はありません。勤怠と給与計算のデータがそろっていれば、作業は転記だけで終わります。
出典:全国健康保険協会 鳥取支部「「傷病手当金支給申請書」記入のポイント」
代替要員の確保
休職者の担当業務を誰が引き継ぐかの調整は、現場にとって実務上の負担になります。部署内での分担変更や、派遣・有期契約での補充などを、復職時期が読めないなかで判断しなければなりません。
ただし人手の穴は、傷病手当金の申請に協力するかどうかとは無関係に生じます。申請を断っても休職者が戻るわけではなく、業務量も変わりません。
むしろ手当が出ないまま生活が不安定になれば、療養が長引いて復職が遠のく可能性もあります。代替要員の手当ては、申請への対応とは別の課題として進めるのが現実的です。
申請に協力しない場合に会社が負うリスク
傷病手当金の申請に会社が協力しない場合、会社側にも不利益が生じかねません。事業主の証明を拒める法令上の根拠は見当たらず、従業員への対応次第では労働契約上の責任を問われます。協力しないほうが、リスクは大きくなります。
事業主証明を拒む正当な理由はない
事業主の証明を拒める法令上の根拠は見当たりません。健康保険法施行規則第84条第2項は、傷病手当金の申請書に事業主の証明書を添えるよう定めています。証明する内容は、働けなかった期間と給与の支払い状況です。
さらに健康保険法第197条第1項は、保険者(協会けんぽや健康保険組合)が事業主に報告や文書の提示を求められると定めます。
正当な理由なく応じない場合、同法第216条には10万円以下の過料(行政上の金銭罰)の規定があります。証明が遅れれば従業員の入金も遅れ、生活資金をめぐる対立を招きかねません。
出典:e-Gov法令検索「健康保険法施行規則」/e-Gov法令検索「健康保険法」
申請を理由にした不利益な取扱いは認められない
申請を理由とする解雇や降格は、法的に争われる余地が大きい対応です。傷病手当金は健康保険から支払われる給付であり、申請そのものは制度どおりの手続きにすぎません。健康保険法に、申請を理由とする不利益な取扱いを直接禁じる規定は見当たりません。
ただし労働契約法第16条は、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当と認められない解雇を無効と定めています。同法第3条第5項も権利の濫用を禁じており、降格や配置転換も同じ枠組みで判断されます。争いになれば、解決までの時間と労力も会社の負担です。
出典:e-Gov法令検索「労働契約法」
安全配慮義務を問われる場面がある
体調不良を訴える従業員を休ませずに働かせ続けると、法的な責任を問われる場面があります。労働契約法第5条は、使用者は労働者が生命や身体等の安全を確保しつつ働けるよう、必要な配慮をするものと定めています。安全配慮義務と呼ばれ、労働契約に当然に伴う義務とされています。
厚生労働省の解説によると、心身の健康も安全の範囲に含まれます。申請への非協力が休養を遠ざける結果になれば、配慮を欠いた対応と評価されかねません。復職までの期間が延びれば、代替要員の確保や引き継ぎの負担も重くなります。
出典:厚生労働省「労働契約法のあらまし」
申請に協力することで会社が得られるもの
傷病手当金の申請への協力は、会社にとって負担ではなく投資に近い行為です。制度を知らないまま申請を渋るほうが、会社の損失は大きくなります。人材の定着、休職中の人件費、公的支援の活用という3つの角度から見ていきます。
離職を防いで採用コストを抑えられる
傷病手当金があると、従業員は退職ではなく療養と復職を選びやすくなります。収入が完全に途絶えれば、生活のために離職へ動く従業員が出てきます。
厚生労働省は2026年2月に治療と就業の両立支援指針を告示し、2026年4月から両立支援を事業主の努力義務としました。国も従業員をつなぎとめる方向を求めています。
退職されれば、募集から選考、入社後の教育までを一からやり直すことになります。欠員を埋める手間と時間を考えれば、申請書1枚の記入は軽い負担です。
出典:厚生労働省「治療と仕事の両立について」
給与を払わずに生活保障を届けられる
休職中の給与を支払わなくても、従業員の生活は健康保険から一定程度守られます。傷病手当金の支払い元は会社ではなく健康保険です。
1日あたりの額は、支給開始日以前12か月の標準報酬月額を平均した額を30日で割り、3分の2をかけた金額です。標準報酬月額とは、給与額に応じて区分された保険料計算の基礎になる金額を指します。
連続する3日間の待期が成立した後、4日目以降の働けない日が対象になります。会社が独自の休業手当を設ける必要はなく、申請書の事業主証明欄を記入するだけで足ります。
両立支援に使える無料の公的支援がある
治療と仕事の両立支援は、無料の公的サービスと自治体の奨励金でまかなえます。各都道府県に置かれた産業保健総合支援センターでは、専門家が事業場を訪れ、会社と従業員の間の勤務調整を無料で支援します。両立支援プランの作成についても助言を受けられます。
自治体独自の支援もあります。東京都は中小企業向けに働きやすい職場環境づくり推進奨励金を用意しており、病気治療と仕事の両立推進コースでは、相談窓口の設置や休暇制度の整備に対して40万円が支給されます。
出典:千葉産業保健総合支援センター「治療と仕事の両立支援」/東京都「働きやすい職場環境づくり推進奨励金」
事業主記入欄の書き方と申請の段取り
傷病手当金の申請書には、会社が記入して証明する専用のページがあります。書き間違いや提出の遅れは、従業員の生活費が届く時期に直結します。協会けんぽの様式に沿って、記入内容と申請の段取りを整理します。
事業主記入欄に書く内容
事業主が証明するのは、休んだ期間の勤務状況と賃金の支払い状況の2点です。協会けんぽの様式は4ページ構成で、3ページ目が事業主記入用にあたります。記入する欄は次のとおりです。
| 欄 | 記入する内容 |
|---|---|
| 勤務状況 | 申請期間のうち出勤した日付を〇で囲む。年と月は出勤の有無にかかわらず記入する |
| 報酬等の支給 | 出勤していない日に報酬等を支給した場合、その期間と金額を書く |
| 証明欄 | 事業所の所在地と名称、事業主氏名、電話番号を書く |
報酬等には、有給休暇の賃金や、出勤の有無にかかわらず支給する通勤手当・扶養手当・住宅手当が入ります。残業手当や見舞金は記入しません。健康保険組合に加入している会社は、組合が用意する様式を確認します。
出典:全国健康保険協会「健康保険傷病手当金支給申請書」
申請するタイミングと頻度
申請は、1か月単位で給与の締切日ごとに行う進め方が実務的です。協会けんぽも同じ頻度を勧めています。賃金の支払い有無について事業主の証明が必要なためです。締日に合わせると、給与計算で使った出勤簿と賃金台帳をそのまま確認材料にできます。
申請書は、申請期間が過ぎる前には提出できません。期限にも注意が要ります。健康保険の給付を受ける権利は、行使できるときから2年で時効により消滅します。傷病手当金は労務不能だった日ごとに権利が生じるため、休んだ日の翌日から2年が申請の期限です。
出典:厚生労働省「傷病手当金及び出産手当金の請求権消滅時効の起算日について」
申請から入金までの流れ
入金の目安は、協会けんぽが申請書を受け付けてから10営業日以内です。審査の結果、支払いが可能と判断された場合の日数を指します。
流れとしては、従業員が1・2ページ、会社が3ページ、医師が4ページを記入し、加入先の都道府県支部へ郵送または電子申請で提出します。初回の申請は、連続して3日休んだ待期期間の初日から始めます。
記入漏れや3者の内容の食い違いがあると差し戻され、入金は遅れます。健康保険組合の場合、日数の目安は組合ごとに異なります。
出典:全国健康保険協会「病気やケガで会社を休んだとき(傷病手当金)」
休職から復職までに会社がすること
傷病手当金の申請は、休職の入口にすぎません。休職の開始から復職の判断までの流れをあらかじめ決めておくと、担当者の対応がぶれず、従業員も安心して療養に専念できます。会社が押さえる実務を3つの場面に分けて整理します。
休職を始めるときに確認すること
休職の開始時は、就業規則の休職規定を確認します。休職は法律上の制度ではなく、会社が独自に定める仕組みです。勤続年数に応じた期間の上限と、満了したときの扱いを押さえます。診断書には、療養に必要な期間の見込みも書いてもらいます。
社会保険料の従業員負担分も論点です。給与から天引きできないため、振込などの回収方法を先に決めます。
休職を始める従業員へ渡す案内には、次の項目を入れておきます。
- 傷病手当金など経済的な保障の内容と申請の手順
- 休職期間の上限と、満了したときの取り扱い
- 社会保険料の従業員負担分の金額と支払い方法
- 会社側の連絡窓口と連絡先
- 不安や悩みを相談できる窓口
出典:厚生労働省・独立行政法人労働者健康安全機構「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」
休職中の連絡の取り方
連絡の頻度と方法は、休職に入る前に本人と決めておきます。療養中の従業員にとって、会社からの突然の連絡は負担になります。月に1回程度、体調と通院の状況を確認するにとどめると、療養の妨げになりません。手段はメールなど本人が返しやすいものを選びます。
連絡窓口は1人に絞ります。上司と人事から別々に連絡が入ると、同じ説明を何度も求められかねません。傷病手当金の申請書のやり取りも窓口を通せば、提出漏れを防げます。
出典:厚生労働省 こころの耳「職場復帰支援に役立つコンテンツ」
復職を判断するときの手順
復職の可否は、主治医の診断書と、従業員の健康管理を担う産業医の意見をもとに会社が判断します。厚生労働省の手引きは、休業開始から復職後のフォローアップまでを5つのステップで示しています。主治医が復職可能と判断したあと、会社が職場復帰支援プランを作り、事業者が復職を決定します。
主治医は日常生活の回復度で判断する場合が多いため、産業医が業務内容と照らして精査する必要があります。産業医の選任義務は常時50人以上の事業場です。
プランには復職日、業務量の変更や残業の制限といった段階的な配慮、試し出勤制度の利用を盛り込みます。
出典:厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き(概要)」/厚生労働省「産業医を選任していますか?」
傷病手当金と会社の関わりに関するよくある質問
傷病手当金をめぐり、経営者や人事総務担当者からよく寄せられる質問を4つまとめました。会社が申請を断れるのか、有給休暇とどちらが有利なのかを取り上げます。退職者への対応と会社の評判への影響についても、公的機関の情報をもとに整理します。
Q. 傷病手当金の申請を会社が断ることはできますか?
会社が申請そのものを断る法令上の根拠は見当たりません。傷病手当金は従業員本人が保険者へ請求する給付です。保険者とは、協会けんぽや健康保険組合など健康保険を運営する団体を指します。
健康保険法施行規則は、申請書に医師の意見書と事業主の証明書を添えるよう定めています。会社が証明するのは、把握している勤務状況と給与の支払い状況だけです。病名や労務不能かどうかの判断は、診察した医師が担います。労務不能とは、本人が従事していた業務に就けない状態を指します。
Q. 有給休暇を使わせるのと傷病手当金では、どちらが会社にとって有利ですか?
人件費の支出という点では、傷病手当金のほうが会社の負担は軽くなります。有給休暇を取得した日には給与が発生し、人件費が会社から支払われるためです。
健康保険法は、報酬を受けられる期間について傷病手当金を支給しないと定めています。有給休暇の賃金も報酬にあたるため、取得した日は傷病手当金の対象から外れます。給与のほうが傷病手当金より少ない場合には、差額が支払われます。
ただし有給休暇を使うか傷病手当金を受けるかは、従業員本人が選ぶものです。会社が一方を強制はできません。
Q. 退職する従業員の申請にも協力する必要がありますか?
協力が求められます。退職後も要件を満たせば、傷病手当金を引き続き受け取れるためです。資格喪失後の継続給付と呼ばれます。
全国健康保険協会は、継続給付の要件として次の2点を示しています。
- 退職日までに継続して1年以上の被保険者期間がある
- 資格喪失時に傷病手当金を受けているか、受ける条件を満たしている
被保険者期間とは、健康保険に加入していた期間を指します。在職中の勤務状況と給与の支払い状況を証明できるのは、元の勤務先だけです。
出典:全国健康保険協会「よくあるご質問(傷病手当金)」
Q. 傷病手当金の申請が多いと会社の評判に影響しますか?
会社の評判への影響は考えにくいです。傷病手当金は従業員本人が保険者へ請求する給付であり、企業ごとの申請件数を公表する仕組みは見当たりません。
保険料の面でも不利にはなりません。協会けんぽの健康保険料率は都道府県単位で決まり、令和8年度も47都道府県ごとの率が公表されています。個々の会社の支給実績によって料率が上下する設計ではありません。
むしろ、休業中の生活を支える制度を案内できる会社は、従業員からの信頼を得やすくなります。
出典:全国健康保険協会「令和8年度の協会けんぽの保険料率」
申請書1枚の記入で従業員の生活を支えよう
傷病手当金で会社が負担するお金はありません。支給元は健康保険であり、個社の申請実績で保険料率が上がる仕組みも健康保険にはないためです。
会社に生じるのは、休職中も続く社会保険料の会社負担分と、申請書3ページ目への記入だけです。勤怠と給与のデータがあれば、作業は転記で終わります。
一方で協力を渋れば、健康保険法上の過料や不利益取扱いをめぐる争い、離職という形で跳ね返ります。申請書が届いたら、勤務状況と賃金の支払い状況を記入して速やかに返してください。
当オフィスでは、傷病手当金の申請対応や休職・復職の実務、治療と仕事の両立支援の仕組みづくりまでをご支援しています。「休職者への対応をどう整えればいいか」という段階からお気軽にご相談ください。
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